猫と鼠のぬいぐるみを作る
青レンザの堀川宏幸さんは、油絵の画家だが、目の病気で
細かい絵を描くのがままならなくなっていた。
そこで、自分のテーマである日本の原風景を写真に撮る
フォトアーティストとして活動していた。
私のぬいぐるみに出合った時、自分の目指していた世界が、
ぬいぐるみを使った写真にして表現できると思ったそうだ。
それで、私にぬいぐるみ制作を依頼してきた。
彼は無類の猫好きである。 猫はどうですかと提案すると、
長年飼っていて、もう亡くなってしまったオジチャーノという名前の
猫に似せて作って欲しいという。
年老いたスコティッシュフォールドの画像をもらって、制作に入った。
できあがってみると、今にも動き出しそうである。
このぬいぐるみに何か物語を作ってあげたいと思ったとき、
ふと私が日本に帰ってきたばかりのときに図書館で読んだ
「鼠草子絵巻」を思い出した。室町時代に書かれた絵巻物で、
主人公は鼠の権頭(ごんのかみ)。人間に化けて結婚したが、
途中で鼠とばれて女房に逃げられてしまう。失意の中、
鼠は出家して高野山をめざす。そこで猫の御坊と鉢合わせ。
食べられると思ったら、実は猫の方も女房に逃げられ出家して
高野山を目指しているところだった。意気投合した二匹は
いっしょに旅に出るというところで、物語は終わっている。
トムとジェリーみたいな話が室町時代に書かれていたなんて
おもしろいと思って覚えていた。それを、堀川さんに言うと、
それを土台にして新しく物語を作りましょうとなった。
それで、猫の旅の相棒として、鼠も作ることにした。
そこで、私はうろ覚えだった物語をもう一度ちゃんと読み直そうと、
図書館に行った。そして、物語の冒頭部分を読んで、びっくりした。
こんな風にはじまっていたのだ。
「いつのころか、都の四条堀川の院のあたりに、年を経た古鼠が住んでいた」
なんと物語の舞台は「堀川」だったのだ。
さっそく、堀川さんに連絡したら、わっと声をあげた。あまりの大きな驚きぶりに、
その理由を聞くと、なんと、「四条堀川」は、彼のご先祖由来の地だとのこと。
この物語を偶然、一年前に読んでいたこと。そして、私がたまたま思い出して、
猫と鼠の物語にしようと思ったことは、偶然ではないような気がした。
ちなみに、旅の相棒が男同士ではなんだか味気ないような気がしたので、
鼠をお姫様にするよう提案。きれいな着物を着せてあげた。
二匹とも相方に離縁されたことがきっかけで出会い、旅に出るなんて、
なんだか私たちにも似ているなあと、それもなんだか気に入った。
堀川さんは、この二匹を連れて写真を撮ること一年。
小間物屋の主人オジロベエと、鼠の姫君、美吉野のハートフルな旅物語。
「猫と鼠の御伽草子」を完成させた。
そして、2015年10月に、奈良町資料館での
「旅するぬいぐるみたち」展で発表することができた。
堀川さんは、オジチャーノが亡くなった時の肌の冷たさや固さの感触が、
何年もずっと手に残って消えなかったそうだ。
だが、それが、このオジロベエと写真の旅に出るようになってから、
消えたそうである。